見るだけの予定でしたが
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就寝時に歯に装着するナイトガード(担当のK先生は「シーネ」とおっしゃっていました)が出来上がりましたので、嵌めてみて、調整してもらいました。
続くかも。この後、ちょっと道草の予定です。
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昔買った山地図を探していたら、メンコとベーゴマが出てきました。もちろん、図柄は懐かしいものばかり。
(ちなみに、中日の選手は高木守道選手と、アラレちゃんのメンコに隠れているのは、たぶん大島選手)
※ベーゴマはちゃんと回せました。メンコは後日やってみます。
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なんだか寂しいな~
朝青龍が初土俵に挙がる直前、錦糸町近くの郵便局で会ったんですよね。モンゴルのパスポートを提出して、預金口座を作ってた。
そのときは、兄弟子と一緒に来ていて、
「モンゴル出身で、四股名はまだありません。高砂部屋ですので、応援よろしくお願いします」
「高砂部屋っていうと、朝潮さんのところだね。頑張って下さい」
みたいな話をした覚えがあります。
「品格が云々」と、とやかく言われていましたが、個人的には好きな力士でした。残念だな~
※当時は高砂部屋ではなくて、若松部屋だったかもしれません。
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14時より麻酔科のみでした。
途中、所用で寄るところ(登山用品店ではありません(笑))があったのですが、早めに用件が済んだので、病院へは予約時間の30分ぐらい前に到着。
受付を済ませて、麻酔科外来へ行くと、待合所にも処置室にも人が居ないようで、クラークさん一人だけ。こんな閑散とした麻酔科外来は、ワタシが入院した日(その日も同じ水曜日の午後でした)以外に記憶がありません。予約時間の14時までは、問題集を解いて過ごします。その後、車イスの常連さんの患者さんがやって来ましたが、結局、患者さんは二人だけのようで、14時にM先生の診察開始。まずは、処置に時間の掛かる車イスの患者さんを処置室に通して、ひと通りの処置をした後に、ワタシが呼ばれまして問診。
「どうですか~?」
「患部の皮膚の突っ張り具合は相変わらずですが、先週の木曜、雨の降った日はちょっと痛みを感じました。湿度が高くなるとダメみたいなんですが、一昨日の雪が降った日はそうでもなかったので、急激な変化があるとダメなようです」
「やっぱり低気圧が来るとダメだね~」
ということで問診終了。
予約とクスリの確認をして、注射のために処置室へ。今日の担当看護師さんは、年明けから麻酔科に来るようになった新戦力さんと、眼科専属さん。眼科専属さんは、眼科に居るときは、「目薬を点します」と「呼ばれるまで、待合室で待っててください」ぐらいしか話さないのに、麻酔科に来ると、よく喋っていて、「おしゃべり大好き!」といった感じ。
M先生のピンポイント注射では、喉のかすれ、鼻づまりとダブルで副作用が来ました。注射後、ベッドで安静にしているときに、「入院した日のことを思い出したついでに、これまで何本ぐらい、首に注射を打ってもらっただろうか?」などということを思い浮かべました。発症直後から通算10本目ぐらいまでは数えていたのですが、その後は注射に慣れてしまったので、数えるのを止めてしまっていたのでした。
月平均3本として、発症から20ヶ月で60本。でも、発症当初は週に3本打ってもらっていたので・・・。などと考えているうちに面倒くさくなって、数えるのを止め、注射後30分を過ぎるまで昼寝。今日は、空いていたので、気兼ねなく昼寝できました。
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3,000円を投入して、代金2,300円の、230円区間の回数券11枚綴りを購入したのに、急いでいたために、お釣りを500円しか取ってきませんでした。
回数券の割引分がパーです。忘れ物に気をつけます。
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久しぶりに見ました。VHSの画質は劣ってしまいましたが、レース内容は、今見ても遜色ないですね。
写真は、ラルプ・デュエの登りで、マイヨ・ジョーヌのインデュラインのアシストとしてペースを作るジャン-フランソワ・ベルナール。87年のツールで総合3位に入り、「イノーの後継者」と呼ばれるようになったベルナールですが、翌88年のツールは期待に押しつぶされたかのように途中リタイヤ。その後、89年、90年は、あまり名前を聞くこともなく、過去の選手になってしまったかのような印象がありました。
そんなベルナールが、91年になると、フランス人であるにもかかわらずスペインのバネストに移籍し、ツールには、エースであるデルガドのアシストとして参戦してきました。それだけでも驚きだったのですが、バネストのエースがデルガドからインデュラインに替わっていたラルプ・デュエのステージでは、ベルナールが大活躍。登り始めてから、インデュラインに差を付けるべくブーニョがアタックを仕掛けるのですが、それをベルナールが一定のペースで追って潰すという場面が2回あり、それ以外には、アタックを掛けさせないように、集団の先頭でペースを作っていました。写真で、インデュラインの後ろに付いているのは、山岳賞ジャージを着るキャプーチですが、この日、キャプーチは仕掛けることが出来ずじまい。
その後、ブーニョの3回目のアタックに反応しきれずに、ベルナールは後方に置かれてしまうのですが、粘り強く走り続けて先頭に追いつき、また、集団の前に出て、ペースを作り続けました。その姿には感動。
結局、ステージ優勝はブーニョ。1秒遅れでインデュライン、2秒遅れでルブランがゴール。当時、「ラルプ・デュエを制する者は、ツールを制す」というフィニョンの言葉とともに、「ラルプ・デュエで区間優勝する者は、ツールを失う」なんていうことも言われていまして、ブーニョは区間優勝しても、まったく喜びの表情を見せませんでした。インデュラインのために献身的な走りをしたベルナールは、ブーニョから35秒遅れでゴール。こんないきいきとしたベルナールを見るのは久しぶりでした。
他、ルブランが観客と接触して落車するというようなこともあったのですが、何よりも、ベルナールの走りが印象的なステージだったのを覚えています。
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今回も心拍130を目安にして。固定ギヤ41×17で60分。
平均心拍は128で、平均ケイデンスは76。距離は23.0kmでした。30分過ぎからケイデンス低下。弱いです。
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専門ガッコの講義が終わって出てみたら、結構良い降りですね。
かなり磨り減っているのですが、ビブラムソールみたいな靴底の靴を履いているので、足元はバッチリです。
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低山の山歩きは、これまでも行っていたほうだと思いますが、3,000m級の山に登るとなると、実に21年ぶりとなるので、アタマも鍛えておかないといけないと思って購入しました。
かつて、実際に歩いたことによって身についた知識は、今でも、ある程度は活かされると思いますが、これから、夏の本番に向けて、さらに揺るぎない知識を身につけようと思います。
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